トミージョン手術の謎

突然ですが、野球選手に多い怪我ってなんだと思いますか?

 

想像通りかもしれませんが、肩や肘の怪我がやはり割合としては多いです。

 

但し、野球での怪我というと、ラグビーやアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツとは少し違い、微小なダメージが蓄積した結果でおこるオーバーユーズ(慢性障害)のケガが圧倒的に多いです。

 

中でも、近年よく耳にするようにもなった肘の内側側副靱帯損傷が圧倒的に多く、毎年多くの選手が内側側副靭帯再建手術(Ulnar Collateral Ligament Reconstruction:通称トミージョン手術)を受けています。

 

もしかしたら、大谷選手がこの手術を受けたことでこの名前を知っている方は多いのではないかと思います。

 

 

また、近年ではレッドソックスのセール投手、ヤンキースのセバリーノ投手、またメッツの金髪長髪で有名なシンダーガード選手などメジャーを代表する選手達が立て続けにトミージョーンズ手術を受けました。

 

 

さて、トミージョン手術に関しては、一度ブログにも掲載しましたが、まず一年以上はリハビリに費やす必要があります。

 

大谷選手も昨シーズンはバッターとしてのみ出場し、ピッチャーとしての二刀流復帰は早くても今年の6月くらいかなという報道ですので投球ができるようになるまでにはそれ相応の期間を置いているのがわかります。

 

 

皆さん、トミージョン手術を受けると1年間以上はプレーできないということはよくニュースなどで耳にしているのではないかと思います。

 

しかし、”なぜそんなにも月日がかかってしまうのか” と疑問を持っている方は少なくないのではないでしょうか。

 

そこで、今回はトミージョン手術に関連したなぜ?について少し迫って行きたいと思います。

 

 

 

リハビリの期間

 

冒頭でも述べましたが、トミージョン手術から実際に復帰して試合で投げ始めるのにかかる期間はだいたい12−18ヶ月といわれています。では、なぜ復帰までにこのような長い年月が必要なのでしょうか?

 

要因①:治癒にかかる時間

要因②:段階的なリハビリテーション

要因③:試合復帰への準備

 

治癒にかかる時間

一つの要因としては、手術した患部の治癒にかかる日数です。

 

トミージョーンズ手術では、まず肘の内側側副靱帯をグラフトという体から採取した腱(筋と骨をくっつける筋の一部)を使い、靭帯の代わりとして再建します。

 

この時に使うグラフトは手術医によって異なりますが、大体が長掌筋腱という手首の筋肉(親指と小指を合わせた時に真ん中に浮き出る腱)、或いはハムストリングスの半腱様筋を使用することが多いようです。

 

どちらもほとんど成功率としてみると大きな変わりはないので、後は手術医の判断ということになります。

 

これだけの大きな手術なので、まず患部が治癒するのを待たなければいけません。

 

 

新しく再建したグラフトが骨と癒合しある程度の強度を得るまで大体6ー8週間以上かかります。

 

これは、他のトミージョン以外の手術でも同じですが、再建した腱や靭帯が約50%の強度までに回復するには6週間以上はかかり、元どおりの100%の強度に達するには一年以上かかると言われています。

 

もし、再建した患部が癒合する前に過度なリハビリをおこなってしまうと、せっかく修復したものを損傷させてしまう恐れがあります。こればかりは、人間の自然治癒力によるものですのでどうすることもできません。

 

段階的なリハビリテーション

リハビリに長い年月がかかる二つ目の要因としては、段階的なリハビリテーションを進めなければいけないという点です。

 

これは単純にいうと、各リハビリ段階を無視した過度のリハビリ”Too much Too soon” は逆にリハビリを遅めたり、セットバックさせてしまう恐れがあるということです。

 

まず再建した患部の癒合を待つ、またそれと並行してリハビリを段階的に進めていかなければいけません。

 

このように地道なリハビリを進めていき、やっと軽いキャッチボールを開始できるくらいまでになるのには、手術医によって異なってきますが大体4ー5ヶ月はかかります。

 

さて、やっとキャッチボールができ始めるようになったからといってこれで明日からマウンドで投げれる訳ではないですよね。

 

ここから段階別のスローイングプログラムが始まります。

 

まずは距離、球数、強度を厳格にコントロールしながら、リハビリと同じく段階的に進めていく必要があります。

 

そしてこのような過程を経て、7−9ヶ月を目処にやっとブルペンで投げ始めることができるようになっていきます。

 

それでは、やっとブルペンで投げれるようになるまで回復したとしましょう。

 

では、明日から試合でバンバン投げ始めることができるのでしょうか……?

 

ご察しかもしれませんが、そうはいかないですよね。一年近く実戦から遠ざかっていた代償は大きく、次は試合で投げるための準備をしていかなければいけません。

 

試合で投げるための準備

これが3つ目の要因、試合で投げるための準備への期間となります。

 

もちろん、リハビリの段階からトレーニングはおこなっているだろうし、段階的なスローイングプログラムで”投げることができる”状態ではあるかもしれません………。

 

ただですね、単に”投げる(Throwing)”というのと”投球(Pitching)”というのは、ウォーキングとスプリントするくらいの違いがあります。

 

また何よりも試合でバッター相手に投げるというのは体だけでなく心理的にかかるストレスが全く違ってきます。

 

以下の統計が示すように、メジャーの選手たちがトミージョン手術を受けて元のレベルように投げられるようになるまでには大体15ー16ヵ月はかかるようです。

 

 

この復帰にかかる日数は、もちろん、ポジションによっても違ってきますし(野手の復帰は早い)、あくまでリハビリがスムーズにいった場合を想定して話しています。

 

なので、一概にトミージョン手術からの復帰は一年くらいで終わるとは決して言えません。

 

それに、そもそも選手の絶え間ない努力があってはじめて成し得るものであります。

 

ただ、現時点で言えることがあるとすれば、

 

トミージョン手術からの復帰は、投手の場合であれば1年以上はかかり、復帰は遅ければ遅いほどいい結果になるということが傾向としてあります。

 

 

球速が向上するという神話

もしかしたら、トミージョン手術でこんな噂を聞いた方がいらっしゃるかもしれません。

 

”トミージョン手術を受ければ球速が上がる”

 

これが神話かどうかは別として、実はコーチや選手自身がそう思い込んでいるケースも多く見られます。

 

では、手術によって本当に球速が上がるのでしょうか?

 

実は、手術自体で球速が上がるというのはあまり考えにくいことではないのかと私自身は思います。

 

現にトミージョン手術を受けた選手を長期的に追跡した研究結果では、手術を受けた選手の球速は平均にして1.2-1.4 km/h (0.8-0.9 mph)下がったという結果が出ています(被験者数が少ないので有意差があるとは言えず)。

 

やはりトミージョン手術を受ければ球速が上がるというのはあまり考えられないのではないでしょうか。

 

では、なぜ現に多くの選手が手術前と比べ球速のアップを実現しているのでしょうか。

 

これはいくつかの原因があるのではないかと思います。

 

要因①:基礎体力の向上

要因②:体のリフレッシュ

要因③:投球バイオメカニクス、技術の向上

 

【基礎体力の向上】

これだけ長期のリハビリですので、体の色々な部分を見直す良い期間でもあります。

 

ウエイトトレーニング、神経筋トレーニングによってベースラインが引き上がり、それが球速アップに繋がったのかもしれません。

 

体のリフレッシュ】

体がリフレッシュし、痛みなく投げることができるようになったということは大いに考えられると思います。

 

靭帯を怪我をすると、当然のようにパフォーマンスにも影響を与えます。

 

痛みなどの自覚症状はなくても、球速の減少、コントロールの悪化など、目に見える形でパフォーマンスにも影響があらわれます。

 

もしかしたら、手術以前にすでに球速が低下していたという可能性も考えられます。

 

また、それ以外でもメジャーの選手はレギュラーシーズンだけで年間160試合以上を戦わなければいけません。

 

ピッチャーは先発の場合で中4日、中継ぎやリリーバーであれば、ほぼ毎日準備していなければならないので相当タフでないととてもやっていけません。

 

当然のように肘だけでなく体のいろんな部分に疲労が蓄積していることでしょう。

 

疲労はアスリートのパフォーマンスを低下させたり、怪我を引き起こす一番の原因となります。

 

もしかしたらリハビリ中に体をリフレッシュでき、より良いパフォーマンスを出せるようになったのかもしれませんね。

 

【投球バイオメカニクの向上】

ボールの球速は下半身から生み出されるパワーをいかに上手く上半身へと伝えれるかで決まります。

 

せっかくトレーニングによって基礎筋力がアップしたのにそれを上手くパフォーマンスに活かすことができなければもったいないですよね。

 

下半身で生み出したパワーを、体幹から上半身、またボールをリリースする瞬間まで上手く力を伝えることができる能力が備わっていると、球速も比例するようにアップしていきます(近いうちに投球のバイオメカニクスについても触れる予定ですので詳しくはそれらで)。

 

今はスポーツ医学の進歩により、モーションキャプチャーや動画などで自分のフォームを分析することができます。

 

もしかしたら、フォーム改善によって力をより無駄なく効率的に伝達できるようになったことでが球速アップに繋がったのかもしれません。

 

いずれにせよ、手術によって球速が向上するとは現時点ではエビデンスに欠ける情報であります。

 

それよりも、やはり選手一人一人が忍耐強く長いリハビリを乗り越えた絶え間ない努力の賜物であるということには違いありません。

 

 

まとめ

  • トミージョンの成功率:80%前後、もし手術前のパフォーマンスまで戻る確率を加味すると、少し低くなり70%程度までになる(現在医療の進歩によりほぼ90%近くまで成功率が上がっていると報告されてはいる。)

 

  • 手術から競技復帰までに要する期間:約14ヵ月。競技復帰から元のパフォーマンスを発揮できるようになるまでにはその後平均で2ヶ月以上はかかる。

 

  • トミージョン手術によって球速が上がるか:現時点ではエビデンスに欠け、むしろやや減少するのではないかといわれている

 

 

今回も最後までお付き合いありがとうございました。

アオキリョーキ

 

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