トミージョン手術:尺側側副靭帯再建手術とは

先日、ロスアンジェルスエンジェルスの大谷翔平選手が尺側側副靭帯を損傷し数週間の故障者リスト入りするという、野球ファンにとってはとてもショッキングなニュースがありました。

 

大谷選手の一日も早い復帰を願う一方で、尺側側副靭帯(以下UCL)という野球選手にとっては決して楽観視できないケガという事実を受け入れる必要もあります。

 

今回は、そんな野球選手に最も多いケガの一つといわれているUCL損傷についてまとめていこうと思います。それと合わせて、このUCLのケガでよく耳にするトミージョンについても触れていきたいと思います。

 

 

Ulna Collateral Ligament

さて、肝心のUlnar Collateral Ligamentですが、一体なんなのでしょうか。

 

このUCLとは、肘の上腕(Humerus)と尺骨(Ulnar)を繋ぐ肘内側の靭帯のことを指します。

 

UCLは前部、後部、横部、合計3つの線維で構成されており、前部線維は主に肘を曲げた角度が20〜120ºでテンション(緊張)が高くなります。

 

一方で後部線維は肘を完全に伸ばしたような状態や肘を最大限曲げた状態の時にテンションが高くなります。

 

UCLの働き

UCLの大きな働きとしては、肘にかかる外反 (Valguss)を制御する役割があります。

 

この外反という動きは、肘が外側に反り返るような動きですので、野球で投げる時に常にかかり続けるストレスでもあります。

 

また靭帯ですので、当然ながら肘を安定させるスタビライザーとしての役割も果たしています。

 

 

 

UCL損傷とは?

UCL損傷と聞くと大きな怪我と思い浮かべるかもしれませんが、基本的には他の捻挫で痛めた時の靭帯損傷と同じです。

 

靭帯の損傷は重症度具合により

 

Grade I:磨耗した状態(微細断裂)

Grade2:部分断裂

GradeIII:完全断裂

 

という風に大きく分類されています。

 

 

足首の捻挫でもUCL損傷でも同じ靭帯損傷ですが、UCLには投げる度に常に外反ストレスがかかるため、投げ続ける限り靭帯の修復が難しいことが難点でしょう。

 

UCLを一度痛めてしまうと回復には時間がかかり、この度重なるストレスが復帰を困難にする要因でもあります。

 

UCLに限らずどの靭帯においても完全断裂(GradeIII)をした場合は即手術となる場合が多いですが、UCL損傷の場合であると部分断裂のケースでも手術に踏み切る可能性があります。

 

この理由としては、投げる度にUCLに外反ストレスがかかり続けるために靱帯の修復が遅れ、症状などがなかなか改善しないためです。

 

プロ野球選手でない限り、一定の期間リハビリをおこない症状の改善を図りますが、もし症状が改善しないようであればトミージョン手術をおこなうことになるケースが多いです。

 

 

 

なぜトミージョンと呼ぶのか?

実は、トミージョンとはかつてLos Angeles Dodgersで活躍していた投手の名前なんです。

 

それではなぜこの投手の名前が有名な手術方法になったのでしょうか?

 

実はこのトミージョン氏が初めてUCL再建手術(UCL Reconstruction)を受けた野球選手であり、復帰不可能といわれていた怪我から劇的なカムバックを遂げた選手なのです。

 

その異名から、だんだんとUCL再腱手術をトミージョン手術と呼ぶようになりました。

 

一般的に手術名というのは初めてその術法を考案した医師の名前をつけるのがほとんどですが………

 

当時は選手生命に終わりを告げるに等しかったUCL損傷、そこからの奇跡のカムバック、こんな所以もあってトミージョンは一般的にも知れ渡るようになったようです。

 

ちなみにこの時手術をおこなったのは、かの有名なDr. Frank W. Jobeでした。(かつて桑田選手などの手術も担当、おそらくパワプロのダイジョーブ博士のモデル)

 

 

 

 

UCL損傷のメカニズム

UCLは肘内側の靭帯肘の外反を制御する大切な靭帯であるということは理解いただけたかと思います。

 

では、このUCLはどのような場合に損傷するのでしょうか?

 

多くの場合、肘への外反ストレス(Valgus stress)が主な損傷メカニズムとなります。

 

UCLの靭帯自体が耐えられる張力はおよそ30N・mといわれています。

 

単純にこれ以上の負荷がかかると靭帯に損傷がおきます。

 

しかし、実際にはでもたらされる安定性や、筋肉などのダイナミックスタビライザーが働くことでストレスを分散してくれています。

 

 

ではなぜUCLの損傷が野球選手に多いのでしょうか?

 

それは、

 

投げる時に肘が外反するからです。

 

 

この外反ストレスが度重なり肘にかかることでUCLに微細な損傷がおきます。

 

その微細な損傷が蓄積した結果、靭帯の炎症や最悪の場合では断裂が発生します。

 

特に、野球選手の場合、一回の大きなストレスにより”バチーン”と靭帯が切れるというよりは、度重なるストレスにより微細なダメージが蓄積して靭帯損傷するケースが多いようです。

 

 

他のUCL損傷メカニズムとしては、肘の過伸展によるUCLの後部線維損傷ですが、過伸展では靭帯よりも尺骨と上腕骨の骨同士が先にぶつかることで動きを制御しています、

 

なので、過伸展でおこるUCL損傷は、落下時に肘を伸ばした状態で手をついたなど大きなトラウマでおきるケースが多いので、UCLだけでなく他の靭帯損傷、骨折や脱臼も伴う可能性があります。

 

 

UCL損傷のリスク

どの世代の選手でもUCLを損傷するリスクはありますが、近年特に深刻なのは、10代の世代で急激に増えているということです。

 

特に15歳〜19歳の年代で急増しているということが研究から明らかになっています。【1,2,4】

 

ヤンキースのチームドクターDr. Ahmadのチームがおこなった調査によると、2002年〜2011年の9年間でニューヨーク州ではトーミジョン手術率がおよそ3倍以上に増えているという報告をしています。【1】

 

また、トミージョンの権威であるDr. James Andrew の研究チームがおこなった研究によると、トミージョン手術を受けた患者数を年間で比較してみたところ、1994年ではほぼ 0であったのに対し、2003年以降では毎年100を越える人数がトミージョンズ手術を受けたという報告がされています。

 

またその中で顕著であったのは、ユース世代が実に25%を占めており、その数は毎年増え続ける一方であるということでした。【2】

 

それでは、プロレベルにおいてはどうなのでしょうか?

 

研究結果によると、やはりトミージョンの数は増え続けています。

 

現在、メジャーリーガーの4人に1人トミージョン手術を過去に受けたことがあるという統計がでています。

 

また、ここ数年ではメジャーリーガーよりもむしろマイナーリーガー(1A〜3A)選手の数が増えており、1990年代半ばと比較すると、現在では約何十倍もの選手がトミージョン手術を受けているという結果がでています。【5】

 

 

 

 

なぜトミージョン手術数が急増しているのか?

さて、野球選手やオーバーヘッドスポーツ(テニス、陸上ジャベリングスローなど)選手に特有の怪我ですが、なぜトミージョンは特に野球選手の間で増えているのでしょうか?

 

この最大の原因は

 

投げ過ぎ(オーバーユーズ)

 

野球投手の場合、一試合に投げる球数は先発投手でおよそ100球前後とわれています。

 

これは、ウォームアップや試合前のブルペンでの投げ込みはカウントされていなく、もしこれらを合わせた場合は一日に150〜200球以上の数を投げている計算になります。

 

さて、野球選手が一球投げるごとに肘にはどれくらいの負荷がかかると思いますか?

 

実は、野球選手が一球投げるごとに肘にはおよそピーク時で40〜65 N・mの負荷がかかるといわれています。

 

これは、UCLがマックスで耐えることができる張力(およそ30N・m)をはるかに超える負荷がかかっているということになります。【2,3】

 

さらに、投げる際の肘の加速速度はピーク時で2500〜5000º/Secを越えるといわれています。【2,3】 

 

これはどういうことかというと、肘が360º回転すると想定した場合、一秒間に大体10回以上回転する速度が肘にはかかっているいうことになります。なんともすさまじい速度で肘は動いているんですね。

 

もし一球投げるごとにそれほどまでの負荷がかかるとしたら、使い過ぎ(オーバーユース)がケガの原因であることは納得できるかと思います。

 

これは研究によっても立証されていることですが、肘の怪我をするリスクは投球数に比例して上がっていくといわれています。

 

また、これは一試合の球数のみでなく、年間でどれくらいの球数を投げたかにも当てはまることであります。

 

研究結果では年間で1000球近い球数、100イニング以上を投げた選手は、肩、肘を故障するリスクが急激に上がると警鐘を促しています。【1,2】

 

肘を故障する原因は他にも、疲労球速、筋力不足、投球フォームなどが挙げられていますが、

 

何れにしてもオーバーユーズが原因で疲労、投球ホームの乱れなどもおこるので、やはり投げ過ぎは怪我のリスクを高める最大の原因であります。【2】

 

 

よく、フォームがいいと故障しないという迷言がありますが、少し疑問に思います。

 

靭帯が耐えられるストレスは個人差なくほぼ一緒、しかも肘にかかるストレスはパフォーマンスが上がるにつれむしろ増えていくからです。

 

 

トミージョンがユース世代で増える原因

近年トミージョンがユース世代で増えている理由にはオーバーユースの他にもう一つ大きな原因があります。

 

それは、

 

スポーツの早期専門化(Early Specialization in Sports)です。

 

このスポーツの早期専門化とは幼少期から一つのスポーツだけに絞り込んで競技をおこなうことをいいます。

 

”幼少期から特定のスポーツに打ち込んでいるんだし、他の子たちよりも上手になるはずじゃない?”

 

と思われがちですが、スポーツの早期専門化は子供の運動神経発達にも悪影響を与えるだけでなく、最終的には怪我のリスクも高めてしまいます。【2】

 

例えば、先ほどトミージョンの最大の原因としてオーバーユースと指摘しましたが、もし選手が年間を通して野球だけをおこなっているとどうなるでしょうか?

 

球を投げる機会も必然的に多くなります。またそれに比例するように肩や肘にかかる負担も増えていってしまうでしょう。

 

アメリカで故障する選手の特徴を見ていると、年間を通してプレーをしている選手に故障者が多いです。

 

また、統計によると野球をおこなう期間が8ヶ月を超えると、肩や肘を怪我するリスクが5倍にも上がるといわれています。【2】

 

 

UCL損傷の徴候

UCL損傷の評価・リハビリなどに関してはまた後々書いていこうと思いますので、今回はUCL損傷時で見られる主な徴候のみ触れていきます。

 

UCLが断裂した場合、以下のような症状を呈する可能性があります。

 

  • 肘で弾けるような音が聞こえた
  • 薬指、小指にかけて痺れがある
  • 前腕部分にすごい張りがある

 

さらに、以下のような症状がもしある場合、UCLが損傷している可能性があります。

 

  • 投球スピードの低下
  • コントロールの低下
  • ウォーミングアップの段階で投げることが困難
  • 肘の張り
  • 肘を完全に曲げ伸ばしできない
  • 肘の周りに腫れがある
  • 指に痺れがある
  • 痛みが肘の内側にある
  • 痛くてプレーできない

 

UCLの損傷で必ずしもこのような症状が現れるわけではありませんが、もしこれらのような症状が続くようであれば適切な医療機関へと相談することをおすすめします。

 

 

 

トミージョンは防げないのか?

はっきり言って肩、肘を使い続ける限りケガのリスクはつきものです。

 

まず大切なのは、どのようにオーバーワークを防いでいくかということではないでしょうか。

 


ここではオーバーワークを防ぐ為に、日頃からおこなえる案を出していきたいと思います。

 

  1. 1日ごとに投球数(投げた数)をカウントする
  2. 一年間で多くの休養期間を設ける
  3. ゲーム間で十分な休養期間を設ける
  4. ウォームアップ、ダウンをしっかりとおこなう
  5. 痛みがある場合はプレーしない

 

これらは特に特別なトレーニングが必要な訳でもなく、注意さえ払えば誰でもおこなえる簡単なことです。

 

このような小さなことが大きなけがを防いでくれるかも知れません。

 

 

スポーツにケガはつきものです。ただ、防げる怪我を防ぐような努力もしないで起こすほどバカらしいことはありません。

 


厳密な投球制限を設定しているアメリカでさえ、トミージョンを受けるユース世代の選手は増えている一方です。

 

もし仮にトミージョン手術となれば最低でも1年以上はグランドに立てません(競技復帰平均はだいたい12〜16ヶ月)。【6】

 

これは高校野球の一年と考えると致命的な長さです。

 

野球が競技スポーツである以上、勝つことを目標に掲げることは当たり前なのかもしれません。

 

ただ、覚えておいてほしいのは、選手達のその後の長い将来を考え適切な判断ができる指導者、適切なトレーニングを教えることができるトレーナーの方がこれから先どんどん増えていかなくてはいけません。

 

では、今回はこのへんで

 

Ryoki Aoki 

 

References:

  1. Justin L. Hodgins,* MD, Mark Vitale,y MD, Raymond R. Arons,* MPH, DrPH,and Christopher S. Ahmad,*z MD: Epidemiology of Medial Ulnar Collateral Ligament Reconstruction
  2.  Glenn S. Fleisig, Adam Weber, Nina Hassell, and James R. Andrews: Prevention of Elbow Injuries in Youth Baseball Pitchers
  3. Christopher L. Camp,* MD, Travis G. Tubbs,y MS, Glenn S. Fleisig,yz PhD:  The Relationship of Throwing Arm Mechanics and Elbow Varus Torque
  4. Damon H. Petty, MD, James R. Andrews, MD:  Ulnar Collateral Ligament Reconstruction in High School Baseball Players
  5. Daryl C. Osbahr,*y MD, E. Lyle Cain Jr,z MD:  Long-term Outcomes After Ulnar Collateral Ligament Reconstruction in Competitive Baseball Players
  6. Kevin E.Wilk,PT,DPT,⁎,† Christopher A.Arrigo,MS,PT,ATC: Rehabilitation and Return-to-Play Criteria Following Ulnar Collateral Ligament Reconstruction 

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